データとバスケ

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書評「Eleven Rings」(Phil Jackson)

1990年代、2000年代のNBAを語る上で無視することは出来ない名将フィル・ジャクソン、本書はそんなフィルのキャリアを振り返るメモワールという形で書かれた、名将のチームマネジメントやリーダシップにおける思考に迫る内容となっております。表紙に並んだチャンピオンリングで読む前から読者を圧倒する雰囲気を放っていますね。*1

その時代に活躍した多くのプレーヤー、コーチがブルズ、レイカーズに限らず登場しますし、鍵となったゲームについて具体的に振り返る内容も多いので、1990年代や2000年代のNBAのファンの方が面白く読める可能性は高いと思いますが、そういった箇所を飛ばしながらチームマネジメントやリーダーシップのエッセンスを得るための教科書として読むことも出来る内容だと思います。

一バスケファンの立場からはHCというと、例えばオフェンスやディフェンスの選択だとか、選手の起用方法だとか、私はそういった所に注目しがちでしたが、本書を読んで一番感じたのは「そういった部分はHCという仕事の表層的なものに過ぎないのだな」ということです。チームビルディングについてこんな根底から考えて実行しているのかと驚くようなエピソードがいくつも紹介されていました。

例えばフィルは、チーム内にどうしたら強い結束、それも戦地で兵士たちの間に生まれるようなレベルのとてつもない結束をもたらすことができるのかについて深く考えています。そしてチームは結束したひとつの部族(tribe)のようであるべきだと考え、実際にラコタというネイティブアメリカンの部族から慣習等をチームに取り入れていきます。このエピソードはおおよそ私がHCの仕事として想像するものを遥かに超えていました。ちなみにブルズには実際に部族をイメージしたチーム用の部屋があるようです。*2

フィルが禅に造詣が深いことは有名だと思いますし本書でも随所で禅の考えが紹介されています。禅については私の生きるソフトウェアの世界だと故スティーブ・ジョブズを思わせる内容だと感じました。問題児であったデニス・ロッドマンを管理監督する立場として、禅の教えの一部が役に立ったという話には苦笑してしまいました。曰く、例えばロッドマンのような人物を管理監督する場合、やらかしてしまうことがあってもまずは好きにさせて、無視をせず、かといって強制するでもなく、その後きちんと目を向けておく事が要諦だという事です。

怒りについて書かれた章も、昨今のスポーツ界のパワーハラスメントに関するニュースなどを背景に、とても興味深く読めました。フィル曰く怒りのコントロールというのはコーチにとって最も難しい仕事のひとつであるとのことです。何故ならばチームを鼓舞し焚き付け勝利に導く為に必要なある種の激しさと、単なる破壊的な怒りは本当に紙一重だからだそうです。これはスポーツ界にパワハラが根付きやすい根本的な原因だと思います。この激しさをポジティブな方向にのみ昇華させるとうのは至難の業であるということは、関係者のみならず我々外野のファンも認識しておきたいと思いました。

結構読んだら読みっぱなしの読書の仕方をすることが多いのですが、上述のものも含めて響く文章が多かったので、本書には付箋をペタペタと貼りながら読み進めていました。ときどきその部分を読み返せたらと思います。

ちなみに今のところ一番良いと思ったのは以下の部分で、これはNBA選手のみならず我々一般人の仕事にも通じる所が多くあると思いますし、バスケで言うと我らが渡邉雄太選手を想像せずにはいられませんでした。

それにしてもNetflixで「THE LAST DANCE」を観たときもそうでしたが*3、本書を読んだせいで昔のNBAのゲームがまた観たくなってしまいました。YouTubeに違法アップロードされている様ものを除けば観られるのはNBA楽天で公開されているいくつかのものだけかもしれませんが、時間を見つけて観戦してみようかと思います。何だか無性にトライアングルオフェンスを楽しみたい気分です。

*1:ところで邦訳版(イレブンリングス 勝利の神髄)は絶版になっているようですが、恐縮ながらいまいち書籍の見栄えが格好良くないですね。。。

*2:フィルはTribal Leadership: Leveraging Natural Groups to Build a Thriving Organization (English Edition)という書籍に影響を受けているようです。この本も面白そうです。

*3:ちなみに本書のちょうど真ん中あたりの13章のタイトルは『THE LAST DANCE』です