データとバスケ

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書評「Giannis」(Mirin Fader)

通勤を少しずつ再開し始めたので、電車の中で読む本にと買ったものだったのですが、気が付けば久し振りに夢中になって読書をしていました。

タイトルの通り本書はヤニス・アデトクンボという稀有なバスケットボールプレイヤーの稀有なバスケットボールキャリア、そしてその稀有な人生をヤニスの誕生前からNBAでチャンピオンになるまでについて書かれたものですが、どちらかというとその稀有な人生を通して世の中の変遷を書くような作りになっていると感じました。

実際にヤニスのご両親がギリシャに来る前のナイジェリアの経済状況ですとか、ギリシャに来た後の経済的困窮や黒人移民への差別、ギリシャ危機、アメリカに渡った後はコロナウイルスによるパンデミックやBlack Lives Matter運動、ヤニスがアメリカでヒーローになった後も続くギリシャの極右団体による変わらぬ人種差別など、そのような背景の説明に多くのページが割かれている印象でした。

印象に残ったエピソードをいくつか。

まずはヤニスのご両親、特にお父様の人柄です。経済的にはとても成功したとは言えず、家族は常に困窮状態にあったようですが、それでもヤニスをはじめ子供達は父親を大変尊敬していたようですし、ヤニスの飾らない驕らない人柄もお父様の人柄に大きく影響を受けていることは間違いないと思いました。ヤニスとお父様のエピソードを一通り読んだあとに、ヤニスがNBAで初めてMVPを取ったときのスピーチを聞き返すと涙腺が緩んでしまいます。

バスケットボール的には、ギリシャの2部リーグでプレーしていた無名のヤニス・アデトクンボの噂を聞きつけ、バスケゴールのひとつが壊れていたくらいの体育館でプレーするヤニスを見にNBAのスカウトがギリシャの町に集まってきたという話が一番印象的でした。NBAのスカウトについてあまり多くを知りませんが、おそらく少しでも有望な選手についての噂を耳にすれば、世界の果てにでもその確認に行くような仕事なのではないかと推測します。実際に、そういう活動が無駄足に終わるような事も多いと本書にも書いてあった気がします。あとドラフト直前にいくつかのチームと密会するシーンはスリリングに書かれていてよかったです。

ヤニスがアメリカに渡った後、アメリカのカルチャーに非常に興奮して楽しみ、そして親しみ、しばらく経った後に強烈なホームシックになるという流れは、自分も留学や駐在を経験した立場からはよく分かるような気がしました。あとヤニスが購入したプレーステーションを返却するというエピソードが出てくるのですが、ヤニスの性格、人柄については本書の中でかなり細部まで書かれているものの、このエピソードが私にとってはもっとも「ヤニスらしい」ものとして印象に残りました。

普通に面白かったので、ヤニスやミルウォーキーのファンはもちろんのこと(ちなみにミルウォーキーという町とバックスの歴史、そしてそこに現れた『希望』としてのヤニスについても多くのページが割かれています)、バスケ好きならとても面白く読めると思うのでお勧めしたいです。より多くの方に読んでもらうためにも、邦訳も出版されるといいですね。