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書評「MLSから学ぶスポーツマネジメント」(中村武彦)

MLSから学ぶスポーツマネジメント (TOYOKAN BOOKS)

MLSから学ぶスポーツマネジメント (TOYOKAN BOOKS)

普段はサッカーにまったく関心のない私なのですが、アメリカのサッカー(メジャーリーグサッカー)には以下の2点から興味を持っていました。

  • ポテンシャルがありそうなのになかなか根付かない、という点でアメリカのサッカーと日本のバスケットボールは似ているのではという仮説を持っていた
  • 2002年から何度もワシントン州シアトルを訪れる中で、シアトル・サウンダースの存在感が増していくのを肌で感じていた

上記のような背景でずっと興味を持ってはいたものの触れずにいたアメリカサッカーなのですが、本書を書店で見かけたときに「これは買うべき本!」と直感してすぐさま購入しました。

そしてこれが大当たり。2018年で最高の読書になりました。ひと言でまとめるのであれば、BリーグやTリーグなど、新しくできたスポーツリーグの未来について考えたい人に大変おすすめの書籍です。

例えば私の場合、Bリーグを観戦する中で以下のようなトピックが気になっているのですが、本書はこれらに大きな示唆を与えてくれました。

  • 現在のようなオープンなリーグが好ましいのか。それともNBAや日本のプロ野球のようにクローズなリーグが好ましいのか。
  • 2007年にベッカムMLSに来たように、NBAのスーパースターがBリーグに来たらどういう影響があるのか。その元は取れるのか。
  • 自前のアリーナを持つべきなのか。持つとどのような好影響があるのか。その元は取れるのか。
  • "戦力均衡"はどうあるべきなのか。例えばひとつのチームがとびぬけて強くなるとそのリーグに悪影響なのか。
  • 選手の年俸はどの水準にあるべきか
  • 渡邊や八村がNBAでこの先活躍するとして、それをどうBリーグや国内のバスケット人気の向上に繋げていくのか
  • フロントスタッフにはどのような人材が望まれているのか。そこへの投資と選手への投資をどうバランスしていくべきなのか。

本書はMLSの事例はもちろんのこと、アメリカ4大スポーツの事例も交えながら、スポーツリーグの在り方について大変詳しく説明しています。スポーツリーグの専門書と呼んでいいと思います。

ふたつだけ、特に私が着目したトピックを紹介したいと思います。

MLS創設からベッカム獲得までは10年かけている

私も例外ではないのですが、おそらく多くの人がMLSの存在を強く意識したのは、ベッカムLAギャラクシーに入団した2007年ではないかと思います。

本書を読んで驚いたのですが、MLSの創設は1996年ですので、ベッカムの獲得までは10年以上の期間があったことになります。

LAギャラクシーMLSも、その期間にベッカム(のようなスーパースター)への投資はリターンが取れる投資だ」と確信できるだけの準備を整えてからアクションを起こしていることは注目に値します。

言い換えれば、ベッカム獲得は彼らにとってギャンブルではなかったのです。

投資に対するリターンをしっかりと意識しているところは如何にもアメリカ的ではありますが、同時に客を呼べるスーパースターを連れて来ることは万能薬ではないということも教えてくれる事例です。

この先に例えBリーグNBAのスターを連れてくる金銭的な機会があったとしても、それを活かすことができる環境が整っているのか、それはリーグもクラブもしっかりと検討する必要がありそうです。

本書で解説されていますが、MLSができる前に、NASLというサッカーリーグが北米には存在していました。諸外国からのスーパースター獲得に多大な投資をした人気チームがあったにも関わらず、このリーグは倒産に追い込まれています。MLSはこのNASLの失敗を礎にしている点も見逃せません。

バスケットボール・コーポレーションは日本版のSUMか?

本書を通してサッカーユナイテッドマーケティング(Soccer United Marketing、略してSUM)という会社とその活動が紹介されています。何度も出てくるので、著者の中に占めるSUMの重要性は推して知るべしです。

SUMはMLSの姉妹会社なのですが、「One sport, one company」をビジョンに掲げ、要はサッカーというスポーツの価値、存在、そういったものが北米で向上する施策なら何でも取り組もう、という会社のようです。

よって活動はMLSに関することだけに限定されず、例えばサッカーワールドカップの放映権を買い取り、それを国内のテレビ局に販売するような活動もやっていたり、海外人気クラブチームのUSツアーを取り仕切ったりもしていたようです。

実はこの書籍を読んでいる間に、このようなニュースがJBAから発表されてとても興味深く読みました。

ここで私の書くことはすべて推測なので見当違いかもしれませんが、この新会社はMLSにおけるSUMのような役割を果たす為に設立されたのではないかと思いました。リーグの枠組みに囚われず、バスケットボールというスポーツの日本国内での価値を上げていく為の活動をする為ではないかと。

例えばですが、先日激戦が終了しましたインカレやウインターカップは、既にある程度はコンテンツとしての価値があります。しかしこれをBリーグWリーグなどと関連させてさらにコンテンツの価値が高められるかと言えば、組織の垣根から難しい部分があるかもしれません。

今年のFIBAワールドカップや、渡邊や八村が活躍した場合のNBAもそうです。これらのシナジーから日本のバスケットの価値を高めることができれば、個々のコンテンツがそれぞれ独立してファンを獲得するよりもかなり大きな効果が見込めそうです。

SUMの活動のように、NBAや欧州のチームを日本に呼んでゲームをしてもらう。Bリーグのチームや日本代表と対戦してもらう。そういうコンテンツも考えられるでしょう。そういったときに、それぞれのプロパティにそれぞれのオーナーがいると、意思決定の遅れや大胆な施策が取れないなどの弊害がおきます。

2019年と2020年は色々な枠組みでバスケットの価値を向上させる可能性があるイベントがあります。その効果を最大限にする為にこの新会社は作られたのかな、本書を読んでそんな風に思いました。

ちなみにNBAの事になると、当然そこには楽天さんが絡む必要がありそうです。渡邊と八村のことがありますので、私はNBAは今後は日本のバスケットにとって今までよりも大きな価値を持つと予想しています。NBAというコンテンツを国内で最大限活かす為、きっと楽天とバスケットボール・コーポレーションは今後かなり接近するのではないでしょうか。

まとめ

長くなってしまいましたが、アメリカのサッカーにそもそも興味がある方はもちろんのこと、スポーツリーグというビジネスそのものに興味がある方には間違いなく学びの多い専門書です。わざわざ専門書という言葉を使うのは、本書がきちんとしたリサーチの下に書かれていると感じられるからです。